<THE SONG>2


Episode<DON'T STOP ME NOW>
 魂を新たな世界へと導き、生まれさせる為だといっても、それは必ずしも、魂のほうでも分かった都合ではない。

 「シュライア、お前ばかりだぞ、こんなに狩った魂の数が少ないのは」
 部屋は、もともとの広さもあわせて、その質素さから、余計に広く見える。その部屋の中で、面と向かって狩夢からの叱責を受けて、シュライアは燃える鮮やかな夕焼け色の髪で顔を隠すように俯いた。狩夢の声は、決してシュライアを責めてはいない。それどころか、哀れみすら滲む沈んだ声だった。

「夢狩りの仕事は、単独作業ばかりとは限らない。死期を越えた魂のことは一時人に任せて、お前は遅れを取り戻せ」
「でも、狩夢さん」
 夕焼け色の髪の中から、紫色の瞳に強い光を宿らせて、シュライアは狩夢を見上げた。
「あの魂を狩れなかったのは、ただ俺の責任ですから。俺が狩ります」
「怠慢したな」
「すみません……。でも、何とか、彼女を、ア、いや、あの二人を、」
「風鬼になる前に、か」

 その場には、狩夢とシュライアのほか、数人の夢狩りが思い思いの席に座っていた。狩夢とシュライアは向かい合って立ち、互いに俯いている。

「聞いたとおり」

 狩夢は、シュライアの頭上から、背後の夢狩りたちに声をかけた。

「未曾有の事態が起ころうとしている。死期を過ぎてもなお、この地にとどまろうとした魂の末路は、君たちも何らかの形で聞いて知っているはずだ」

 淡々と語る狩夢の声に、シュライアはただ唇を噛み締める。翡翠色の髪留めで緩いリング状に纏めたブルーグレーの髪

「風鬼、となる。しかも、その魂は今回二つだ。風鬼に関しては、私も詳しく知っていることではないが、死期を過ぎても我々が狩れなかった魂は、一定期間を経た後にその形を失い、主観のみの存在となる。そこにいるだけの傍観者となるのだ。そして、永遠を生きる。この苦しみは、死とそれにつながる再生を無視したものへの罰だと言われている」

 何人かの夢狩りが、そっと身震いした。

「だからこそ、我々はそうした魂を率先して狩らなくてはならない。これは、その魂の為でもある」

 狩夢が促すよりも早く、その場にいた夢狩りたちは、それぞれの大鎌を携え、席を立ち始めた。

「見分けるのは簡単だ。その魂の死期の匂いはもうかなり強くなっている。つまり、もうほとんど時間が無いと思ってくれ」

 部屋を立ち去る夢狩りたちの背中を、シュライアは見ることもしなかった。

「彼らを、止めなかったな」
「止めたほうが良かったですか?」
「お前なら、止めるかと思っていた」

 狩夢は、声の調子を少し変えて、シュライアを揶揄するように言った。シュライアは、その言葉を受けてますます深く項垂れる。

「そりゃ、止めたかった。俺が狩れなかった責任だと思うし、そういうことはちゃんとしたいんです。でも、それって俺の未熟さから…って思うと、止められなかった……」
「ペシミストだな」
「放って置いてください」

 力ない足取りで、シュライアはその部屋を後にした。
 狩夢は、シュライアを不安げに見送った。

「夢狩りは、魂に恋をしてはいけないのに。当然のことだろう、シュライア?」



Episode<WHEN I WANTED YOU>
 どうか、その一言を。
 たった一言。
 貴女が私を忘れて、遠い場所へ旅立っても、私は忘れない。
 いつまでだって、此処で、何度だって、此処で、逢おう。

 死期を越えた彼女の肌から発散する、濃密な死の匂い。日を追うごとに強く匂う、死。
 転生を拒否した彼女と、シュライアの鬼ごっこは続いていた。引き伸ばされる死。新たに向かう、命の狭間。
 シュライアは、焦燥に駆り立てられる。
 彼女は、夢狩りと同じように宙を飛ぶ。夢狩りと同じように、地を駆ける。なぜそんな力が備わっているのか、理由も分からない。ただ、まだ未熟なシュライアは、とても追いつけないということだけ。
 シュライアは、先を走る彼女を、呼び止める名を知らない。
 それは、歌を忘れたカナリアよりも、哀れなこと。

 「どうした、今日は追いかけっこ、しないのか?」
 永遠に白い花の咲く丘で、組んだ上に顔を突っ伏していると、上空から、挑むような声が聞こえる。見上げると、宙に浮かんでいる彼女がいる。今日もまた、彼女が「追いかけっこ」に誘っている。シュライアにとっては、魂を狩る仕事なのだが、彼女にとっては、暇つぶしの戯れと大差ない。彼女は、いつも油断しているフリをして、シュライアのすぐ側に降り立つ。
 今日は、少しだけ風の吹き方が乱暴だ。

「なあ、名前、教えて?」
 思い切った言い方をして、シュライアは彼女を見上げる。
「なんだ、私の名前を?」
「うん。呼ぶときいつも、おい、とか、あんた、じゃ嫌だ」
 シュライアの言葉に、俯きながら爪先で小さく地面を蹴って、彼女は「意外だ」と、口の中で呟いた。
「意外? どうして? 知りたいと思っちゃだめ? あんたのこと」
 真剣な声音を、わざとはぐらかすように、彼女はあさっての方向を向いた。
「まだ知り足りないのか。強欲だな、お前」
「良いよ、そう思ってくれて。あんたに関しては、俺、欲張りなんだ」
 即答された答えに、彼女はライトエメラルドの瞳を、つと細める。すると、瞳から放たれる光が燐光のように零れ落ちる。
「どうせ覚えられないぞ」
「覚える」
「ヴォビーザットゥバ・ジュルィーゼコ、だ。覚えたか?」
「……半分は」
 軽く俯くシュライアの緋色の髪を、ジュルィーゼコはまたくしゃりと撫でた。
「鬼桜百合彦でも良い。地球名だ」
「……百合、彦?」
「なんだ?」
「百合彦」
「だから、なんだ?」
「百合彦っ!」

 カナリアが金の船に乗せられ、甘い花を飾られ、忘れた歌を思い出す。シュライアの細い腕は柳の枷、百合彦の体を捕まえる。白い花を踏みつけて、百合彦の足が滑った。その上に小さな体が覆いかぶさる。シュライアの体の下で、百合彦の体の柔らかさが弾けた。その感触は甘い花火となって、シュライアの胸の中に広がった。

「お前、女を押し倒した意味は分かってるんだろうな?」
 シュライアは自らの髪の色に負けずに顔を赤くする。
「そういうこと……夢狩りの身じゃ出来ないよ」
「お前たちは聖職者なのか?」
「違う……そういうことじゃない」
 人々は、生命の木から生まれてくる。死ぬときは、生命の木と再び一つになる定めだ。そこに、生命特有の循環システムは存在しない。
「でも……俺、百合彦のこと、好きだ」
 百合彦の背の下で潰れた花も、くすりと笑った、その、告白。



Episode<MACCHINE DA GUERRA>
 その魂は、夢狩りと同じ速さで飛び、同じ速さで地を駆ける。 
 狩夢はその魂を知っている。

 遠い昔、惑星間の戦争があった。大規模な戦争で、全ての夢狩りを総動員しても追いつかないほどの魂が、ロスト・エンジェルスに流れ込んだ。その時期に存在していた夢狩りなら、ほとんどが彼女のことを知っている。

「宇宙傭兵・百鬼……」

 足を止め、狩夢は瞳を閉じた。あの時に狩った多くの魂が、最期に焼き付けた映像を、そうすることでありありと思い浮かべることができた。 
 漆黒の闇、荒涼とした大地は血の雨を吸い赤く潤っている。累々と重なる屍山血河。その遠くに、白い点としか見えなかった星が、急速に近づいてきたと思うと、見る間に白銀の鎧を纏ったブルーグレーの髪の戦士となる。
 その存在は、誰もが驚愕し、戦いた。

 彼女、ヴォビーザットゥバ・ジュルィーゼコは、高度な技術力と高い倫理観を備え持つ、高潔な人々が支配する、清らかな聖地、宇宙の中に咲いた一輪の白い華、惑星サンクチュアリ出身者だった。
 惑星サンクチュアリから、あれほどまでに好戦的かつ戦闘能力を備えた者は生まれてこないはずだった。

 狩夢は、記憶の中のライトエメラルドの瞳が自分に襲い掛かってきたような錯覚を覚え、額を細い指先で抑えた。
「まさか、あの百鬼が死んでいたとは」
「サンクチュアリ人だって、不死身では無いんだ。百の時を十重二十重に生きるだけで」
 死期の匂いが強く匂って、頭上から声が降り注いだ。空を仰ぎ見ると、狩夢と顔と顔を突き合せるように、百合彦が空中に逆さになって浮かんでいた。

「お前は、サンクチュアリ人とも思えないな。輪廻転生は、サンクチュアリ人の教義じゃなかったのか?」
「詳しいな、私の星に」
「惑星サンクチュアリのエンプレスは、代々同じ魂を受け継ぐことになっている。生命の木がそうしているんだ」

 古い過去からの慣習。魂との間にそんな密約があるのは、惑星サンクチュアリのみ。

「……お前の為に、生命の木は蒼い花を何度咲かせたと思っているんだ?!」
 百合彦は、狩夢へと向けたまっすぐな視線を逸らさない。
「私は、エンプレスでは……」
「狩夢さん!! その魂を……!!」
 背後から、切り裂くような鋭い叫びが聞こえて、百合彦も狩夢も、はっとそちらを向いた。三名の若い夢狩りが一丸となって追っているのは、百合彦の後にこの世界に現れた、明らかに病身の男。骨と皮ばかりに痩せ細った哀れな姿で、懸命に夢狩りの鎌から逃げている。狩夢の姿に気づくと、背後の夢狩りたちと、彼の顔とを一瞬のうちに見比べて、絶望したように、その場に崩れ落ちた。
「あんなに苦しんだのに……。あんなに苦しんだのに、まだ苦しめるのか!まだ俺を苦しませたいのか!!」
「違う、あなたのためなんだ! 新しい世界で再び生きるために…。病気に苦しむことなくもう一度生きたいだろう?!」
「この世界で生きることはできないのか?! どうしてこんなにすぐに死ななくちゃいけないんだ! 俺だってもっと……もっと生きたかったのに!! やっと生きられると思ったのに!!」

 生きるために耐え続けたものに押しつぶされた男だった。その叫びに、夢狩りたちの鎌が鈍る。しかし、悲痛な恨みの声に臆することなく、狩夢は夢狩りたちにその鎌の先を促した。その途端、あれほど強烈だった匂いが、掻き消されたように消えた。

「ここは、天国じゃなかったのか……!?」

 彼らの見守る中、男の声はボリュームを絞ったように掠れて消えていく。霧が晴れるように、姿が粒子状に分散し、最期は一陣の風が「彼」であった塵芥を吹き飛ばした。
「見ただろう、これが、風鬼だ」
 狩夢の指し示したものを見ても、百合彦は眉一つ動かさず、ただ
「そうか」
 と、言っただけだった。
 狩夢は、自分以上に長生きしているだろうその魂の深淵を、その瞬間垣間見た気がした。



Episode<TFINALLY FOUND MY WAY >
 「風鬼になるのが、怖くないのか?」

 「追いかけっこ」の果ての、白い花がこぼれるように咲き乱れる小高い丘の上での午後。百合彦は、シュライアの問いに静かに首を振った。

「わたしは既に、1500年を軽く生きた。それ以上を生きようと、そうでなかろうと、同じこと」
 夕焼け色の髪を、途端に強くなった風になびかせながら、シュライアは百合彦の横顔を見つめた。百合彦は、沈黙したままラベンダー色の地平を見つめている。空の緩やかなグラデーションを目で追いながら、百合彦は少し顔を上げた。

「風鬼は、誰にも見えない、誰にも聞こえない、誰にも知られない。ただ、あんたがそこにいるだけになるんだ。移動することも、死ぬこともできない。風鬼同士で接触することもできない。永遠の傍観者、孤独な傍観者。そんなことで……」
 シュライアは、宵闇の紫色の目に力を込めて、百合彦の無感動な頬を見つめた。
「そんな形で、百合彦は何から自分を罰してる?」
 ライトエメラルドの瞳が見開かれ、それははっきりとシュライアを見た。その瞳にあったのは、困惑と悲しみと望郷。そして、殉教。

「生きるために生まれ変わることは、悪いことじゃない」

 諭すように、シュライアは静かに言葉をつなぐ。百合彦に、伝えたいと思うままに、丁寧に言葉を選ぶ。
「百合彦が何をして、どんな人生を、その長い寿命の間にすごしたかどうかは、問題じゃない。此処は、次の人生でどう生きるか、それが選べる場所なんだ。此処はあくまでも通過点であって、とどまるべき場所じゃない」
 そして、シュライアは百合彦の口元を見つめる。硬く引き締められた唇は、いっかな動く気配は無い。
「風鬼になんか、なるなよ。転生すれば、百合彦はまた何時か死んで、此処にやってくる。その時も俺はここにいるから」

 夢狩りであるシュライアは、1000の魂を狩り終えたとき、三つの選択を課せられる。転生か、消滅か、ロスト・エンジェルスに残るか。シュライアは、この時自らの運命を決めた。

「また、此処に来いよ。俺、待ってる」
 百合彦の唇は、赤い鉄。咲くことの無い華のように、綻ぶ気配も無い。シュライアも、それ以上は口に出さずに、百合彦と同じ地平を眺めた。
 やろうと思えば、この瞬間に百合彦の魂を狩ることもできる。百合彦の承諾なしに。だが、まだ彼女の死期の匂いは強い。もう少しだけ、この穏やかな時間を過ごせるだろう。
 今少し、共に。

「私は、間違って生まれてきた」
 不意に、百合彦が呟いた。シュライアは少しだけ顔を傾けて、視界の端だけで百合彦の語るのを聞いた。

「私の星の生殖システムは、機械が行う人工授精が、自然生殖を凌駕している。私は人工授精で生まれてきたが、その配合と受精はプラグラムのミスだ」
 銀色に輝く滅菌された器具。静かに液体を吸い上げ、試験管に落とす。試験管の中では、たちまち受精の為の競争が始まり、完璧に温度調節された人工子宮に、受精卵は安置される。そして、着床。機械化された自然の作業。それらが、いっせいに百合彦の脳裏に閃いた。
「機械は、人命最優先でプログラムされている。例え間違った命であっても、始末するわけにも行かない。そうは言っても、人工子宮の一回の使用量は限られている。困ったプログラムは、私をエンプレスを育てるはずの特別子宮で育てさせた」
 物語のように紡がれる彼女の言葉は、一体何千年前の物語なのだろう。彼方の星が明滅するのと同じくらい、彼女の語る昔語りは遠く、近い。
「その結果、わたしはエンプレスの器として生まれたが、到底エンプレスの座に座ることを許されない身となって、生まれてもいたわけだ」
 半分閉じられたライトエメラルドの瞳は、濡れたように燐光を放つ。

「サンクチュアリに、二人も女帝は要らない。そういうことだ」
「そんなことで、風鬼に、なんて、理解できないよ……」
 転生はあなたの為なのだ、と、言いかけた唇は、百合彦が上からふさいでしまった。夕焼け色の髪と、ブルーグレーの髪が触れ合い、絡まる。強く匂う死期の匂いの中に、かすかな肌の匂いが、足元の花よりも甘く匂った。
 初めての口付けは、涙よりも冷たい味がした。
「百合彦。俺、また百合彦に逢いたい」
 胸に縋り付く、シュライアの細い身体を静かに抱きとめて、緋色の髪にそっと鼻先を埋めて、百合彦は、束の間彼の抱擁を許した。
 
 また、あいたいよ

 貴女が覚えていなくても俺が覚えているから。
 ロスト・エンジェルスにとどまって、待っているから。
 会いに行けないから、会いに来て。

「お前には、理解し得ない溝。私には、それがある」



Episode <TIME TO SAY GOODBYE>
 如何に素早く飛ぶ百合彦でも、その身から漂う死の匂いだけは隠しようが無い。
 日を追うごとに強くなって、どんなに遠くにいても分かるのだ。百合彦は、望んでその匂いを強くしている。シュライア以外の夢狩りの鎌から、どう逃れているのか。それは、百合彦は語らない。シュライアも知らない。ただ、百合彦は望んで、シュライアの前に姿を現す。挑発するように。
「捕まえてご覧よ」
 そうして、追いかけっこが始まる。追いかけっこの果ては、必ず穏やかな時間が過ぎる。

 その日もまた、匂いの果てを辿り、最終的に白い花の丘へとたどり着いた。手を伸ばせば届きそうな位置に浮かんでいる百合彦は、穏やかな表情でシュライアを見ている。シュライアが白い花を踏んだのを見て、百合彦は再び背を向けて、飛び去りそうな気配を見せた。
「そこを、動くなっ!」
 宙に飛び上がったシュライアは、両腕を伸ばして、百合彦を捕まえた。背中に空を背負って、白い花の海へ、二人して飛び込んだ。
「馬鹿だろう、お前」
「時々言われる」

 追いかけっこが終わり、穏やかな風が、ふと二人の間を流れる。百合彦の体を強く抱きしめたまま、シュライアは花の中に倒れこんでいた。付き合って、百合彦もそのままでいる。百合彦を抱きしめた腕を緩めて、シュライアが身を起した瞬間、強く、強く匂う死の匂いが、ふっと消えた。
 シュライアの瞳から、涙が溢れる。

「百合……ジュルィーゼコ。お前、わかってて?」
 死期が終わり、風鬼となる段階は、その魂にしか分からないのだ。シュライアは、悔しさに唇をかみ締めた。
「お前は、風にどこから来てどこへ還るのかと尋ねるのか?」
 今からでも、彼女を狩ることはできる。ひょっとしたら、もしかしたら、まだ転生させられるかもしれない。
「もう、諦めてくれるか?」
 しかし、悲しそうな、哀れむような、懇願の声。まだ、百合彦の、ジュルィーゼコの声は聞こえる。まだ、もう少しだけ時間はある。シュライアは、こくん、と、小さく頷いた。百合彦は、ようやく微笑を見せる。

「ジュルィーゼコ、俺、ずっと此処にいる。此処で、お前のこと覚えてる。他の誰が忘れても、俺が此処でお前を覚えてる」
「そう言ってくれると、思っていた」
 ジュルィーゼコは、静かに目を閉じた。
 夢狩りの役目に反する行為であることは分かっていた。夢狩りとして、この世界と契約している以上、許されぬ行為であった。魂の風鬼化を認めることは、最大の禁忌になるだろう。しかし、自分が最初で最後になればいい。シュライアは、そう誓って、己の中の罪悪に目を閉じた。

「忘れないで、くれ。シュライア」
「絶対に、忘れない」
「私も、忘れないから」
「うん、ありがとう」

 息と息が重なって、ブルーグレーの髪に、夕焼け色の髪が重なって触れ合った。シュライアの想いも、ジュルィーゼコの思いも、走っていた全てが、互いに重なって静止した瞬間だった。
 シュライアの唇に感じるジュルィーゼコの暖かい唇の感触が、やがて冷たくなっていった。そして、全てのジュルィーゼコの感触が消えた。
 その時、惑星サンクチュアリのエンプレスの魂を運ぶ、生命の木の根元に咲いた一輪の大きな蒼い花も、茶色く枯れて落ちた。


 「それで、いいんだな?」
 狩夢の言葉に、シュライアは力強く頷いた。

 1000の魂を狩り終えたシュライアは、ロスト・エンジェルスにとどまることを強く希望した。その理由が、あの白い花の丘で風鬼となったヴォビーザットゥバ・ジュルィーゼコ/鬼桜百合彦にあることを、狩夢ははっきりと分かっていた。
 部屋を出て行くシュライアの後姿に向かって、
「良い、場所を選んだな」
 と、だけ声をかけた。もしかしたら、シュライアは泣いているのかも知れない。

 シュライアは、あの白い花の丘に立っていた。もう、姿は見えない。声も聞こえない。触れることもできない。しかし、かすかに風が吹くとき、シュライアは、そこに彼女がいることを実感する。
 そこに、いる。
 そう、信じることで、彼女はよりはっきりとシュライアの傍らに立つ。

「俺、ずっと、此処にいる。お前の傍に、ずっとずっといる」
 シュライアは、誇り高くそう宣言し、瞳を閉じて、わずかにそよぐ風に、彼女の感触を思い起こし続けた。
 やがてシュライアは、ゆっくりと老いていった。この世界で、死を迎えるのだろう。
 それも、恐ろしくは無い。ただ、シュライアの胸を占める暗黒は、彼女の存在、唯一つであった。



 まだ、そこにいるだろうか
 永遠を一人孤独に生きると言った貴女の傍にいると誓った私は
 まだ、此処にいる
 貴女は、まだそこにいると信じよう
 そして、私は語り継ぐ
 「ヴォビーザットゥバ・ジュルィーゼコ」という、美しい魂の物語を



Episode <STAND BY ME>
 その手記は、そこで終わっていた。
 まだ瞳に幼さを残した彼は、白い花の丘の小さな石碑の中に安置されている、いつのことかは最早分からない、遠い昔のその物語を読むことが、何よりも好きだった。何度も読み返したその手記を、今回は、いつもよりも丁寧に読んだ。最後の、物語だから。
 非常に優秀な夢狩りとして、この世に生を受けた彼は、同年代のどの夢狩りよりも早く契約を終了させた。彼が選んだのは、『転生』。
 それは、彼がこの白い花の丘に立つ小さな石碑の中に隠されたこの手記を読み始めてから、ずっと胸に決めていたことであった。
 読むたびに、胸の中に暖かさが溢れてくる。この手記を書いた夢狩りであった人は、遠い昔にこの世界の土に還って久しい。そんな遠くの物語が、どうして彼の胸にこれほどまでに響くのだろう。
「生まれ変わるなら、サンクチュアリが良いな」
 シュライアの、彼が愛した、ヴォビーザットゥバ・ジュルィーゼコの生まれた星。そして、わずかなりとも彼女の生きた星。いや、その銀河にあるどれかの星、地球でも良い。遠い過去の物語につながる世界は、宇宙全体に広がっている。そう思うだけで、彼はまるで未知の世界へ冒険に出る少年のように、沸き立つ想いと、しっとりと暖かい感情に包まれるのだった。

 彼は、静かに立ち上がり、手記を丁寧に石碑の中に入れた。
 そして、周囲を見渡す。そこにいるのであろう、彼女に向かって、軽く頷く。
「行ってきます」
 そして、帰ってきます。
 いつか、あなたがいる此処へ。
 この地を離れる為に記憶を失い、そして再び此処へ帰ってくる。帰ってきたことも分からないかもしれないけれど、あなたの名前も、自分の名前も失い、何もかも消え去ったまったく別の魂となっても、もう一度此処へやってくる。
 たった一つの、美しい魂の物語を読むために。
 そして、また新たな世界へと旅立つ。
 帰ってくるたび、貴女の物語に出会う。
 その傍らに立つ貴女は、私を覚えていてくれますか。
 白い花は、今日も薫り高い。そこにいる彼女は、今日も優しい色の景色を見つめているのだろう。

 「生命の木よ」
 狩夢は、生命の木の側に立ち、その木の雄々しく茂る枝枝を見上げて呼びかけた。
「これは、すべてあなたの采配か?」
 土に還った夢狩りの体は、魂ごとこの世界の土に分散する。生命の木はその根から土に混じった彼らの記憶を吸い上げ、魂を再構成し、新たな世界へと送り出す。
 シュライアの肉体も、魂も、遠い昔に土に還ったが、その記憶は生命の木が吸い上げ、再びこの世界に、夢狩りとして命を授けた。
 狩夢の背後から、若々しい足音が近づいてくる。新たな世界へ出発する、若い魂が……



EPIROLOGUE <ONE VOICE>
 地球で、一つの産声が上がった。
 その地球から遠く離れた惑星サンクチュアリで、産声が上がった。
 世界のどこかで、産声が上がった。
 それは宇宙全体に広がり、一つの合唱となって、螺旋の上昇気流を描き、やがて一つの世界へとたどり着く。


 全ての魂の集う場所、ロスト・エンジェルスへ。



 誰にも聞こえない声で、
 
 誰も知らない歌を歌う、
 
 一人の魂が、
 

 そこには、いる。


  
                                                                    END







みのりさーん
できたよー
なんか不都合とかあったら
適当に直してー
あ、あとタイトル曲のアーティストとか、一応書いとくね

GIVE MY REGARDS TO ”LOST ANGELS”
「GIVE MY REGARDS TO BROAD WAY」/ブロードウェイミュージカル「リトル・ジョニー・ジョーンズ」のヒットナンバー。
CRYSTAL LULLABY/カーペンターズ
ANOTHER ONE BITE THE DUST/クイーン
THE OLD SONGS(二人のオールド・ソング)/バリー・マニロウ
DON'T STOP ME NOW/クイーン
WHEN I WANTED YOU(心の絆)/バリー・マニロウ
MACCHINE DA GUERRA(戦争の機械)/アンドレア・ボチェッリ
TFINALLY FOUND MY WAY/キッス
TIME TO SAY GOODBYE/アンドレア・ボチェッリ、サラ・ブライトマン
STAND BY ME/映画「スタンド・バイ・ミー」より
ONE VOICE(ワン・ヴォイス)/バリー・マニロウ

趣味ばっかり。



1<<
中原さんどうもありがとう!!!
縛りの部分があやふやだったりしてごめんなさい!わかりづらかったかも…
でももう面白いので設定が多少歪んでたって構いません!もう載せちゃう!!(笑)

狩夢が偉い人の喋り方になってることにちょっとキュンとしてしまいました…大人になったのね。
いやもう重ね重ねありがとうございました!!!



2005.11.11


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